生活における美学の表現
先日、公益のガーデニングのことを書きましたら、嬉しいコメントをたくさん頂きました。本当にありがとうございます。写真は、講演会でよく使うロンドンの住宅の写真です。
外構にかける予算、家が立派でも、ガーデニングへの予算は絞られてしまう。(でも、いったらキリがないですが、インテリアも絞られる)それもこれも、イギリスの常識とは違う。仕方ないとわかっていても、これを変えていく努力や方法。諦めたくないと思っています。
(同じ植木鉢を6個!なかなか買えない。けど、きれいに見えます)
コメント、ありがとうございます。...ちょっと迷ったのですが、やっぱり、ご紹介させていただきます。真摯なご意見、意識の高さ、うれしいです。
「成熟した文化に根付く園芸」、「ある種の義務感、正義感を持ってたのしんでいた」イギリスのひとたち。吉谷さんの文章を拝見しながらほんとにほんとにピタっ!と釘付けになりましたよ。 そうなんです、 公益的ガーデニングのノウハウ ぜひ美しい景色となるノウハウを お教えくださいませ。地域ボランティアの悩めるおばさんより。(Yさま)
ありがとうございました。予算は、回して欲しいですね。やはり、数年内に東京オリンピックがあるのですから、東京の街の植栽にも予算が計上されるでしょうし、その際は、文化的な、やはり、デザインは大切だと思います。
この写真は、去年の9月のリュクサンブール公園。夫が撮ってきたんですが。最近のパリの街のミックス植栽、すばらしい。品種的には、日本の気候でも可能は、可能なものが多いし。
ある有名な園芸家が、「デザインより、植物が元気に育っているほうが大切」と、 おっしゃっていたんですが、(あちこちで、かなり複数の方々の発言で、びっくり)植物が元気に育っていても、色の組み合わせやゴチャゴチャと育っているのは、私はいやだな。センスを大切にしない傾向って、何なのだろう?
「ガーデニングとは、生活における美学の表現」ハドスペンのノリ・ポープの言葉ですが、これは、イギリスのガーデナーの大方の意見だと感じますが、美しく咲く花を一層美しく見せる工夫は大切。それを見た人が、喜ぶ。
「植物が健康に育っている+色や組み合わせ、コンテナも美しくまとまってデザインされている」は、両方、同じに大切だ。と、強く思います。
園芸店の方の話。外車でのりつけるお客さんが、500円のパンジーに文句をいい、95円のパンジーしか買っていかない話。極端な話だけれども、経済力はあるのに、花にお金をかけない話を聞くと、ちょっと寂しくなります。よい花を作ろうと頑張る生産者の方々への想像力もない。
でも、数を使う公共では、パンジー、安いの助かる。昨日は「?円×2000株」で、う〜ん。1500株にしておこうか。悩む。1円でも安い方がありがたい。ただし、できれば、公園など、公共の植栽も、おざなりの「一色パンジー絨毯植え」ではなく、美しいミックス植栽などが実現できると良いのですが。
と、なると、やっぱり、先日の豊田市のように、行政の側で「街を美しくしたい!」と、立ち上がってくれるのが、もっとも早道かと思います。
あ!来年の春には、花の色彩をテーマとした本を出版します!講演のほうが伝わりやすいのですが、本でも頑張っていきたいです。久々の本づくりです。